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産業セクターの次なる潮流:AIがもたらすトランスフォーメーション運営の専門性を加えることで、AIは限定的なツールから、規模の拡張が可能な効率性と成長のドライバーへと変化します。
現在、世界のテクノロジー大手企業は数兆ドル規模の投資を行い、産業の変革や科学的ブレークスルーの推進、さらには日常生活へのデジタルアシスタントの浸透を目指すAIツールの開発に注力しています。AI主導の自動化は今後10年間で世界GDPに最大10兆ドルの付加価値をもたらす可能性があると考えています¹。
産業セクターは、この巨大な潮流の恩恵を最も大きく受ける領域のひとつです。老朽化した技術基盤にAIを実装することで、生産性を飛躍的に高められる余地が大きく、極めて魅力的なアップグレード機会が広がっています。これまで産業界でのAI活用は、小幅な効率化にとどまってきましたが、次の価値創造フェーズでは、より高度なエージェント型AIを中核業務への組み込み、将来的には人型ロボットなどのフィジカルAIの活用が求められます。これらをワークフロー全体に横断的に統合することで、効率性のさらなる向上とともに、収益やマージンの拡大も期待されます。
PEにおけるAIの成功は、最先端アルゴリズムへのアクセス有無で決まるのではなく、変革を推進し、ワークフローに組み込んで価値を生み出し、投資家にリターンをもたらす力が鍵となります(図表1参照)。
そのためには、資本だけでなく深みある運営の専門知識も必要です。つまり、結果を出すには業界の知見が不可欠です。言い換えれば——ポテンシャルを成果に変えるのは、「産業の力」です。
図表1:AIは企業に長期的価値創出の大規模機会をもたらす
ロボティクス、自動化された製造プロセス、脱グローバル化の潮流と並び、AIは米国および西欧における再工業化――いわゆる「第4次産業革命」――を力強く後押ししています。
急速な技術進展にもかかわらず、この分野では AIの潜在力と実際に生み出されているビジネス価値のギャップが依然として大きいのが実情です。最新の調査では、AIパフォーマンス目標を達成しているインダストリアル企業はごく少数にとどまっています。
インダストリアル企業はAIの恩恵を最も大きく享受できる立場にある一方で、参入障壁も依然として高いままです。ソフトウェア企業とは異なり、これらの企業は旧式のインフラやアナログの業務フロー、分散型の意思決定体制を抱えており、AIの組み込みは単純ではなく、運営における卓越性、深い業界知識、そして業務プロセス全体を再設計する能力が必要となるのです。
たとえば製造工場では、予知保全はあくまで出発点にすぎません。AIは生産スケジューリングの最適化、エネルギー消費の管理、複雑なサプライヤー網のリアルタイム調整まで可能にします。物流分野では、動的ルーティングや適応型倉庫管理、需要予測の実現を支援し、産業サービス企業では、顧客ニーズの先取りや安全監視の自動化、パーソナライズされたサービスの提供など、多様な応用が広がっています。
インダストリアル企業は従来、GDP連動またはそれを若干上回る成長を遂げてきたため、高成長のテクノロジー企業に比べて低いバリュエーションで取引される傾向があります。これは、卓越した運営による価値創造の実績を持つPEマネージャーにとって、魅力的な投資先となることが多い理由の一つです。AIツールは破壊的な存在というよりも、プレミアムを支払うことなくインダストリアル企業の生産性を大幅に高め、収益成長を加速させる潜在力を秘めています。
また、PEの所有モデルは、プロセス再設計、従業員トレーニング、テクノロジー統合、データ連携などにおいて、長期投資と迅速な意思決定を可能にするという大きな利点があります。こうした取り組みは、上場企業では実行が難しいケースが少なくありません。
AIは、歴史上最も影響力の大きい汎用技術へと成長しつつありますが、その実現には、AIの普及を支える資本集約的なインフラの物理的な整備が不可欠です。
最も効果的なAIの導入は、複数の相互に関連するプロセスを包括的に改善し、価値を創出するシステムレベルのソリューションによって実現します。自律型エージェントの活用により、AIは受動的なアシスタントから、積極的に価値を生み出すパートナーへと変革する可能性を秘めています。技術の進歩に伴い、特定の役割を持つモジュール型エージェント同士が独自のネットワークを通じて連携・通信できるようになるでしょう。(エージェント型AIシステムは、計画立案や戦略策定、タスクの自律的な実行を行い、多くの場合、変化する状況に柔軟に適応します。)
この違いは、AIの導入方法が異なる3つの仮想工場を通じて示すことができます(図表2参照)。
図表2:ポイント・ソリューションからシステム・ソリューション、そしてその先へ
第1工場はポイント・ソリューションを採用しており、個々の機械にAI搭載センサーを設置して、それぞれの機械のメンテナンス時期を予測しています。
第2工場はアプリケーション・ソリューションを導入しており、複数の機械に予知保全センサーを取り付け、それらを工場の在庫管理や部品発注部門と連携させています。このソリューションにより、修理に必要な部品を適切にストックしておくことが可能ですが、生産プロセスそのものを根本的に再定義するものではありません。
第3工場はシステムレベルのアプローチを取っています。機械にAIセンサーを導入するだけでなく、全工場の運営を再設計し、AIが生成するメンテナンスレポートに基づいて生産スケジュールを調整します。これには、エージェント型AIによって連携された在庫・サプライチェーンの最適化、従業員の再トレーニング、主要KPIの再定義が不可欠です。その結果、ダウンタイムが削減され、スループット、柔軟性、効率性が大幅に向上します。
こうした自律型AIエージェントが相互に連携すると、摩耗の初期兆候を示す機械によって、一連のAIによる意思決定プロセスを開始することが可能です。すなわち、生産の減速、交換部品の事前手配、最適化された配送、そしてシフト計画の更新までが、最小限の人手で実行されます。このような活用方法はまだ発展途上ではあるものの、AIは今後、単なるタスク自動化を超え、システム全体での調整へと進化していくことを示しており、膨大な価値を創出が見込まれるでしょう。
システムレベルのソリューションを実現するには、企業は中核となる業務プロセスやワークフロー、場合によってはビジネスモデルそのものを再設計し、AIの潜在力を最大限に引き出す必要があります。こうした変革の実行は容易ではありませんが、最大の競争優位が生まれるのもまさにこの領域です。
図表3:AI革命 ー 過去、現在、そして未来
ブルックフィールドは、ヒューマノイドロボット開発企業フィギュアAIと提携し、以下の取り組みを進めています:
同パートナーシップの一環として、ブルックフィールドは、フィギュアAIによる直近の資金調達にあたりバランスシート投資も実施しました。
AI による業務改善効果が高まっていることを踏まえ、ブルックフィールドは AI 戦略を主導する AI バリュー・クリエーション・オフィスを設置しました。この組織は、プロジェクトの優先順位付け、成果の追跡、一般的な落とし穴を回避するための知見共有を担っています。また、再生可能エネルギー発電、データセンター、ベンチャーパートナーシップにまたがるグローバルプラットフォームと組み合わせることで、効果はさらに増幅されます。1つの事業で得た知見を別の事業に適用しスケールできるため、導入が加速し、結果が一段と強化されます。
ブルックフィールドの強みは、組織変革を推進する力にあります。AI 活用のどの段階にあるポートフォリオ企業とも連携し、変革を加速させるために必要な能力を組織内に根付かせています。
クラリオス:出荷の最適化とフリート運行の高度化
クラリオスは低電圧自動車用バッテリーにおける世界的リーダーであり、全世界で3台に1台の自動車を支えています。以下2つの事例は、同社事業において AI がどのように価値を創出しているかを示しています。
ケメレックス:製造プロセスの自動化
電気ヒートトレース技術の発明者であり市場リーダーである ケメレックス は、産業工場や商業ビルで配管温度を制御する特殊ケーブルとデバイスを製造しています。同社は、2つの主要な製造工程において AI と自動化を導入しました。
クラリオスと ケメレックスは、ポイント・ソリューションを超えて先進技術と AI を活用し、システムレベルの変革を実現している代表的な例ですが、このアプローチは他の多くの業種にも応用が可能です。
AI がインダストリアル企業にもたらす影響は、ビジネスモデルを根本から変えることではなく、生産性とイノベーションを高めることが中心です。つまり AI の導入は、ブルックフィールド の基本的な価値創造の柱――成長、効率性、コストおよび資本最適化――を変えるものではなく、それらを より速く、低コスト、低リスクで実現し、収益拡大と利益率向上を加速する役割を果たします。
ブルックフィールドでは、今AIツールを導入することこそが、将来その潜在力を最大化し、第4次産業革命の主導的な役割を果たすための布石になると考えています。高度なアルゴリズムへのアクセスは重要ですが、業務プロセスを再設計し、人材を整え、システムを近代化し、AIが成熟した際に迅速にスケールできる体制を整える能力こそ、真たる差別化要因です。
業界トップクラスの技術バリューチェーンへのアクセスと運営面での専門性を組み合わせることで、AIは単なる小幅効率化の道具から、成長・レジリエンス・長期的な競争優位を解き放つ持続的な変革のドライバーへと進化します。これは投資家とポートフォリオ企業の双方にも大きな価値をもたらします。
脚注
1. IDC、「The Business Opportunity of AI」、2023年11月。
2. 世界経済フォーラム(WEF)およびボストン・コンサルティング・グループ(BCG)による共同調査、「Harnessing the AI Revolution in Industrial Operations: A Guidebook」、2023年10月。
3. マッキンゼー・アンド・カンパニー、「Seizing the agentic AI advantage」、2025年6月13日。
4. Ajay Agrawal、Joshua Gans、Avi Goldfarb、「Power, and Prediction: The Disruptive Economics of Artificial Intelligence」、ハーバード・ビジネス・レビュー・プレス、2022年11月15日。